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松山地方裁判所 昭和62年(ワ)107号 判決

原告

浜田学

被告

西尾徳生

ほか二名

主文

被告西尾及び同どるばハイヤー有限会社は原告に対し、各自金一二八万六八一二円及びうち金一一六万六八一二円に対する昭和六一年一月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告西尾及び同どるばハイヤー有限会社に対するその余の請求並びに同濱田に対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告と被告西尾及び同どるばハイヤー有限会社との間で生じた分はこれを八分し、その一を同被告らの、その余を原告の各負担とし、原告と被告濱田との間で生じた分は原告の負担とする。

この判決は1項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは原告に対し、各自金九四六万円及びうち金八〇六万円に対する昭和六一年一月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

原告は、被告西尾運転のタクシーに乗客として乗車中、同車が被告濱田運転の自動車と衝突したため負傷したとして、被告西尾、同濱田に対しては民法七〇九条、七一九条に基づき、被告どるばハイヤー有限会社(以下被告会社という。)に対しては民法七一五条、自賠法三条に基づき損害の賠償を請求している。

一  争いのない事実

昭和六一年一月五日午後一時一〇分ころ、愛媛県伊予郡双海町大字串甲二八二番地の国道三七八号線において、原告が乗車中の西尾車と濱田車とが正面衝突した。

原告は、昭和六一年一月七日徳山市の高取整形外科で受診し、同月八日から同月一六日までの間合計七日松山市の福本外科病院に通院し、同月一六日から同年一二月三一日までの間合計二八五日松山市の河原医院に通院して治療を受けた。

二  証拠により容易に認定できる事実

1  事故現場付近の状況、事故の態様等

本件事故の起きた道路の状況は、別紙図面の通りで、東方から衝突地点に向け車道幅員が約四・三メートルから約三・五メートルに狭まり、ゆるやかな下り匂配となつており、車道の北側には幅員約〇・七ないし〇・五メートルの路側帯、その外側にはガードレールが設けられ、車道の南側には幅員約〇・三ないし〇・五メートルの側溝が設けられている。

被告西尾は西尾車を運転し時速約三〇キロメートルで走行中、別紙図面〈2〉地点で約五六メートル西方の〈イ〉地点を対向進行してくる濱田車を発見し、いわゆるポンピングブレーキ(数回にわたつてブレーキペダルを軽く踏み速度を落とすブレーキのかけ方)をかけながら自車を左側に寄せたところ、〈4〉点付近で左後輪が滑つて側溝に落ち、急ブレーキをかけたが、路面に前日からの積雪が残り凍結していたため自車を、後部を左に振り右前部が道路中央より右側にはみ出す形で右斜め向きのまま約一七・三メートル前方に時速約三〇キロメートルで滑走させ、〈5〉地点で自車右前部を、〈エ〉点に進行してきた濱田車右前部に衝突させた。

被告濱田は濱田車を運転して東進中、〈ア〉地点で約六三メートル東方の〈1〉地点を西進してくる西尾車を発見し、ポンピングブレーキをかけ自車を左側(北側)に寄せ〈ウ〉地点に進行したさい、西尾車が〈4〉地点から滑走してきたため、〈ウ〉地点から約三・五メートル進んだ〈エ〉地点で西尾車と衝突した。

衝突したさい、濱田車はガードレールに約二〇センチメートルの間隔をもつてはほヾ平行で、かつ、停止寸前であり、同車の右側(南側)には側溝まで約二・二メートルの間隔があつた。西尾車の車幅は一・六メートルである。両車とも衝突のほヾその地点で停止した。本件事故直後、原告は身体が痛いとか気分が悪いとか言つたことはなく、「大丈夫だ」と言つており、西尾車から降りて被告濱田及びその同乗者らにけがはないかと話しかけて気遣い、約一〇分後にタクシーを拾つて長浜港に行き、船長として船に乗り出港し、同月六日朝兵庫県高砂港に入港して荷を積み、同月七日朝徳山港に入港したさい、前記一のとおり同市内の高取整形外科で治療を受け、同日夜松山に戻つて下船し、同月八日以降福本外科病院及び河原医院に通院して治療を受けた。〈乙一ないし七、乙一二、原告本人、被告西尾本人、同濱田本人〉

2  本件事故による自動車の損傷状況等及び受傷者の有無

西尾車、濱田車ともそれぞれ右前バンパー・フエンダー・前照灯破損等及びローパネルあるいはボンネツトの損傷があり、前者が一四万七〇〇〇円、後車が一四万円余の修理代を要した。〈乙一、乙二、乙四、乙五〉

本件事故時、被告濱田は衝突のシヨツクはあまり感じず、同乗者の一人が頭を打つたが病院に行くほどのことはなく、〈乙七、被告濱田本人〉、被告西尾は身体がハンドルに当つたり、頭がヘツドレストに当るようなことはなく、〈被告西尾本人〉、原告以外に受傷した者はいない。

3  本件事故による原告の受傷、症状及び治療等

原告は、高取整形外科で外傷性頸部症候群・腰部稔挫により約一週間の安静加療を要する見込みと診断され、〈乙九〉、福本外科で頸椎稔挫により一月五日から約二週間の通院加療を要する見込みと診断された〈甲二の1〉。次いで、河原医院で、当初外傷性頸部症候群・腰椎稔挫と診断され、昭和六一年四月八日付以降の診断書でさらに頭部外傷第Ⅱ型の傷病名が加わり、同年二月三日付診断書には、一月五日タクシー乗車中追突した、直後より頭痛・前胸部痛あり、一月七日福本外科でむちうち症と診断された。初診時頸椎運動障害著明・右側項部筋緊張あり、腰痛・右下肢痛も著明でラセーグ微候も右側60°〈+〉、左側80°〈+〉であつた、外来にて消失、経過は普通である、などといつた記載があり、同年三月一七日付以降月一回発行の診断書には頭痛・項頸部痛・頭重感・腰痛がほヾ毎回記載され、同年四月八日付以降の診断書には右上肢シビレ感・冷感・右下肢痛・ふらつき・めまい・右手の力が入りにくい・食べ物の味がない・肩凝り・全身痛く動きにくい・歩行すら疲れる・インポテンツもありなどといつた記載が散見され、同年六月一三日付及び七月七日付各診断書には経過はあまりよくない・難治性との記載があり、これらの症状に対する治療として、はり、マツサージ、牽引、鎮痛剤等薬剤の注射・投薬が行われ、治療内容にあまり変化はないが、症状が目立つて改善されなかつたため、同年一二月三一日で治療打切とし、〈甲三ないし一四の各1、2、乙一三、乙一六、乙一七、証人河原泰道〉、後遺症として頭痛・頭重感・項頸部痛・肩凝り・腰痛・両下肢痛・めまい感・イライラ感・短気で易怒性・インポテンツの症状があり、これに基づく障害は徐々に改善されるものと思われるが、その時期は明確でなく、その程度もはつきりしない、旨診断されている〈甲一五〉。なお、レントゲン検査の結果、骨に特別な異状はなかつた〈証人河原、原告本人〉。

4  本件事故直前の原告の自損事故

原告は、本件事故の直前に、凍結した下り坂を時速三〇キロメートルで走行中ブレーキをかけて自車を蛇行させ、ガードレールの角に右前部を衝突させる自損事故を起こしたあと、西尾車に乗車したのであるが、自車はフロントバンパー・右前フエンダー・ボンネツト・フロントグリル・右前照灯の各取替え等の修理をし、その費用として三二万五〇〇〇円を要した〈乙一九、原告本人、証人松本一志〉。

5  原告の以前の事故による傷害、症状等

原告は、昭和五八年九月一日自動車同士の正面衝突事故により、外傷性頸部症候群・腰椎稔挫の傷害により河原医院で昭和五九年二月二九日までの間治療を受け、同日頭痛・項部痛・肩凝り・頭重感・視力低下・性欲の著明な減退があり、腰痛も残存し、両下肢のジンジンだるき感強く、予後は漸次回復するものと思うがその時期は断言できず、数年を要するものと認める旨診断され、後遺障害等級一四級が認定され、金七五万円の給付を受けた〈乙一四、乙一五、乙一八、原告本人、弁論の全趣旨〉。

6  西尾車の保有関係等

西尾車は、一般乗用旅客自動車運送事業を営む被告会社所有の車両で、事故時は被告会社のタクシー運転手である被告西尾が、原告を乗客として同乗させ搬走していた〈乙六、乙八〉。

三  争点

被告らは、本件事故と原告の受傷との因果関係を争い、たとえ因果関係があるとしても本件事故の寄与率は僅かであつて、休業損害分及び治療費分として支払われた金額で原告の損害は填補されている旨、主張する。

第三判断

一  被告らの責任原因

前記第二、二の1及び6によれば、被告西尾は、凍結した狭い下り坂の道路においては側溝に車輪を落としたり、自車を滑走させないように慎重に運転すべき注意義務があるのに、漫然と左側に寄り側溝に左後輪を落とし、急ブレーキをかけた過失により西尾車を右斜め前方に滑走させて同車を濱田車に衝突させたのであるから民法七〇九条により、被告会社は自賠法三条によりそれぞれ原告が本件事故により被つた損害を賠償する義務がある。

被告濱田は、対向して来る西尾車を発見して速度を落とし左側端から約二〇センチメートルのところまで避譲して右側を約二・二メートル空けたにもかかわらず、西尾車が後部を左に振り右前部を道路中央より右側にはみ出させて滑走してきたため同車と衝突したのであるから、被告濱田の運転方法は前記のような道路状況下においては相当であつて、濱田車が衝突時に停止していなかつたとはいえ、被告濱田には過失があるとはいえず、本件事故は同西尾の過失により惹起されたものというべきである(濱田車は衝突時、停止寸前だつたのであり、停止していたと否とにかかわらず、西尾車は濱田車に衝突していたものと推認される)。よつて、被告濱田が民法七〇九条により損害を賠償する義務があると認めることはできない。

二  本件事故と原告の受傷との因果関係

甲三ないし一四の各1、2、甲一五、乙八、乙一三、乙一六、乙一七、証人河原泰道の証言、原告本人の供述によれば、本件事故と原告の受傷との因果関係を肯認することができ、原告は本件事故により第二、二の3記載のとおり受傷し、治療を受け、後遺障害が残つたものと認められ、第二、二の4記載の本件事故直前の原告の自損事故、同5の記載の以前の事故による受傷・後遺障害の存在も右認定を覆すには足りない。

しかし、原告の受傷・通院治療・後遺障害が全て本件事故のみに起因するものと断定するのは相当でない。すなわち、

1  西尾車は時速約三〇キロメートルで停止寸前の濱田車に衝突したから、ある程度の衝撃はあつたであろうが、第二、二の1記載の事故直後の原告の言動・様子・同2記載の両車両の修理費用と同4の原告の車両の修理費用との対比、被告両名及び濱田車の同乗者らは受傷していないことに照らすと、本件事故による衝撃の程度はそれほど強くなかつたものと推認される。(原告本人は、めまいがしたように一瞬気絶した、西尾車の室内灯の枠に頭を当てたらしく割れるように痛かつた、血は出てなかつたが、あとでたんこぶができていた旨供述するが、第二、二の1記載の事故直後の原告の言動・様子及び同3記載高取整形外科、福本外科の診断書の傷病名として頭部外傷が記載されてないことに照らし、頭部を打つたにせよ、原告の右供述は採用できず、原告が供述するほどの強さで頭部を打ちつけたと認めることはできない。)

2  原告には、レントゲン検査の結果による骨の異状などはなく、局部・筋肉の圧痛・筋張以外に他覚的所見はなく、種々の自覚症状が長期間継続し、あるいは、途中から加わり、治療によつても目立つた改善のない。

3  第二、二の5記載の昭和五八年の事故による後遺障害と、同3記載の本件事故後の後遺障害とは内容的にほとんど同じであり、乙一八及び証人河原の証言によれば、昭和五九年二月二九日に前の事故による後遺障害は回復に数年を要するものと診断され、これが本件事故による後遺障害に対して影響を及ぼしているであろうことは否定できないことが認められる。

4  原告は第二、二の4記載の自損事故によつてもある程度の衝撃を受けているものと推認される。

5  証人河原の証言及び左記6の事実によれば、同医師は原告から自覚症状について種々訴えられると治療を続けざるを得なかつたことが窺われ、同医師の診断は原告の訴える自覚症状に依拠してなされていると認められる。

6  原告は、河原医師に対し自覚症状について詳細な報告書を昭和六一年八月と一二月に提出しており、これと同医師の後遺障害診断書の記載はほヾ同一であり、原告の症状には心因的要素もあることが窺われる〈甲一五、甲一六、乙一六、乙一七〉。

などの事情を考慮すると、原告の受傷・症状及び後遺障害は全てが本件事故によるものとはいえず、直前の自損事故による衝撃と昭和五八年の事故による後遺障害の影響及び心因的要因の寄与した部分もあるものと推認され、本件事故の寄与している割合は七〇パーセントと評価するのが相当である。

三  損害

原告の請求は、治療打切後の休業損害一一四万円、後遺障害(一二級一二号)による逸失利益三二二万円、通院慰藉料一四〇万円、後遺障害慰藉料二三〇万円と遅延損害金及び弁護士費用一四〇万円である。

1  治療打切後の休業損害 一一四万円

原告は、本件事故当時、寿海運株式会社に船長として雇傭され、月三八万円の給料を受けていたが、本件事故による受傷の治療のため、退職を余儀なくされたから、〈甲一九の一、証人矢野美佐子〉、治療打切後再就職先を探す期間として三か月間の休業損害を請求し得るものと認める。けだし、治療打切りは打切る直前に決められ、〈乙一七、証人河原〉、打切り前に求職は困難であつたと認められるからである。

2  後遺障害による逸失利益

原告の、後遺障害は一四級一〇号に該当するものと認めるのが相当である。昭和五八年の事故による後遺障害は一応回復していた〈原告本人〉ことは、原告が寿海運で船長として稼働してきたことにより裏付けられるので、新たに本件事故による後遺障害が生じたと認めるべきである。しかし、原告は昭和六二年五月と六月には別の船に乗り、同年九月からは幸徳海運に船長として雇傭されており、現実の収入減額分を具体的に確定し得ないから、これを慰藉料算定にあたつて斟酌することとする。

3  慰藉料 二四〇万円

受傷内容、通院日数、後遺障害、右2の事情等を考慮すると、右金額をもつて相当と認める。

4  治療費 一〇四万四五四〇円

当事者間に争いがない。

5  通院費 四八七〇円

当事者間に争いがない。

6  治療中の休業損害 五二五万六一二二円

当事者間に争いがない。

以上の合計九八四万五五三二円に本件事故の寄与率七〇パーセントを乗ずると六八九万一八七二円となり、損害の填補額として当事者間に争いがない五七二万五〇六〇円を控除すると、一一六万六八一二円となる。

7  弁護士費用 一二万円

右金額をもつて相当と認める。

(裁判官 大串修)

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